妖怪といえば、『ゲゲゲの鬼太郎』や『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』といった漫画やアニメのなかで跳梁跋扈する姿がわたしたち現代人にとっては馴染み深い。わたしたちがイメージする妖怪は、一般的な草木虫魚とは異なる一風変わった姿をした、人智を越えた能力を備える存在である。あるいは、姿なき超常現象そのものを指して「妖怪のしわざだ」とすることもある。
ここ遠野には、人々が怪異とともに暮らしてきた証として、河童や天狗、座敷童子といった数多くの妖怪にまつわる民話が残されている。ただし、その多くはキャラクターとしては記録されておらず、それゆえその姿形について、わたしたちは伝承をもとに想像/創造するより他ない。例えば、河童は一般には青緑色のからだに甲羅を背負い、頭に皿を乗せ、くちばしで胡瓜をついばむ姿で思い浮かべられる。しかし、遠野の河童は全身が赤く、ヒトのこどもくらいの大きさをしており、大きな口や猿のような手足をもつのだという。このからだが赤いという河童の特徴は、遠野で語られる山男や天狗の特徴とも相通ずる。
遠野の赤い河童の正体は、かつて冷害による飢饉が相次いだ時代に、口減らしのために川に捨てられた人間の赤子なのだ、と土地の人々は語る。人間の生命の問題に関わる河童という存在は、水稲耕作に欠かせない水を司どり、川の流れの早い深瀬やその源泉である湖沼のヌシとして鎮座する水の神とも結びつく。遠野という土地は、妖怪というファンタジーめいた存在を、わたしたちの生活の現実の次元にまで引きずり下ろしてきてくれる。
かと思えば、いまだ合理的に説明することのできない「わけのわからない」怪異にまつわる伝承も残されている。経立(ふったち)や山男・山女にまつわる伝承はその最たるものである。獣の長老とされる経立や、山という異界に暮らす民たちは、時に投石や声での脅迫によって里の人々を脅かす。わたしたちが生活する里と、里とは異質なコスモロジーをもつ山との間の緩衝材として立ち、わたしたちが異界に迷い込むのを防いでいるのだろうか。彼らは、里の人々にたいしてプラスにもマイナスにも働かない、ただそこに在るモノとしても語られている。
『遠野物語』の話者である佐々木喜善の記録によれば、河童は民家に上がると座敷童子になるのだという。このように、妖怪のあいだでの変態(変身、変容、メタモルフォーシス)も柔軟に行われる。異形のモノたちは、あるときは動物であり、あるときは人間であり、またあるときは精霊であるといったように、人間、自然界の動物や木石、あるいは超自然的な神霊といったわたしたちの認識上の区別(差異)を容易くとび越え、自由に変容する。
遠野で妖怪について探究するならば、民話の背後にある人々のミクロな日常をまなざす堅実さと、古今東西の人々が怪異とともに歩んできた歴史をダイナミックに想像する力の両方をたずさえていくといいだろう。
文:森内こゆき
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1河童
川辺に住む妖怪で、日本で最もメジャーな妖怪のひとつ。水辺に近付くと河童に尻子玉を抜かれると言われ、危険な水辺で遊ぼうとする子どもたちへの教訓とセットで語られてきた。
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2座敷童子
家にいると裕福になるとされる、家庭の貧富を司どる神様。一般には10歳前後の子どもの姿をしているといわれる。遠野では、座敷童子が屋根裏や奥座敷に住んでいるという話を多く耳にすることができる。
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3天狗
赤い顔に高い鼻、大きな翼をもち、深い山林を自由自在に飛び回ることができるという。白装束に下駄の装いは山中で修行を重ねる山伏がモチーフになっていると考えられている。遠野には「天ヶ森」という天狗が住むとされる山がある。
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4山男・山女
山中で出くわす特異な人々で、美しい女や大男、あるいは天狗のような姿で語られることがある。柳田國男は、平野で水稲耕作を営む「平地人」とは異なる共同体をもち、狩猟採集を中心とする山の民の暮らしに共同自助の「ユートピヤ」を見出そうとしていた。柳田が遠野の山男・山女の民話に関心を示した背景には、こうした農政学的な理念があった。
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5経立
超自然的な歳月を山で生き、特殊な力を身につけた猿や狼。獣の長老。
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1河童淵
遠野市内に14箇所あると言われている河童の目撃場所。最も有名なのは土渕の河童淵。川辺の目撃譚が多いのはもちろんのこと、山の入り口付近にも出没している。
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2山口集落
『遠野物語』の話者・佐々木喜善の生まれた集落。河童、座敷童子、デンデラ野、幽霊の話など多くの物語の舞台となっている。
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3六角牛山
遠野三山のひとつで、次女の女神が手に入れたとされる山。狼、熊、鹿、猿などさまざまな獣や経立の伝承が残る。
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4多賀神社
供養絵額を描いていた絵師に向かって、狐が筆に化けたとされる場所。今もまちと里の境目には狐が多く出る。


