「古来日本人の死後観は此の如く、千数百年の仏教の薫染(くんせん)にも拘らず、死ねば魂は山に登って行くといふ感じ方が、今なほ意識の底に潜まって居るらしいと説いておいた」(柳田国男「魂の行くへ」)。
死者を想い冥福を祈ること。それは昔から行われてきた風習である。遠野は仏教や神道に加え、民間信仰が豊富に残ることから、供養の手法や死生観もまた宗教の枠を越えた様々なバリエーションがある。死者への特別な想いに触れれば、おのずとその時代を生きた人の姿も思い浮かべることができる。
まず死んだ魂は肉体を離れどこへいくのか。遠野では遠野三山のひとつ・早池峰山(はやちねさん)に登る、還ると言われている。岩手で2番目に標高が高く、遠く北に鎮座する霊山。そこは修行の場でもあり、また魂が還る場所でもあった。一方で、遠野市街に住む人々は、街中からよく見える、同じく遠野三山のひとつ六角牛山(ろっこうしさん)に「死んだら還りたい」という人もいる。いずれにせよ、盆地を見下ろす山へ魂は戻っていく。
遠野周辺独自の供養の方法として「供養絵額」がある。故人が生前好きだったものや暮らしに囲まれている様子を絵師に描いてもらい、来世でも幸せに暮らしてもらうことを願う弔いの風習。絵の中で、お菓子が好きだった人のそばにはお菓子があり、食べることが好きだった人のそばには贅沢な御膳が置いてある。なお、供養絵に描かれている故人は若い女性が多い。例えば、お産時に亡くなった若い女性の鎮魂として描かれた絵には、小さい赤子が描かれている。今世で叶わなかった赤子との幸せな暮らしを来世では果たして欲しい、という周囲の想いが汲み取れる。
なお、死生観が最も感じられる行事といえば夏のお盆である。8月に入ると遠野中で目にする「迎灯篭木(ムカイトロゲ)」。屋根より高い灯篭木を家の前に立て、故人が亡くなって3年は魂が家に戻ってくるための目印として毎年用意されるものだ。場所によるが、男性は白、女性は赤の戒名が書かれた布が吊るされ、夏の風に揺れている。
お盆期間中はしし踊りも各地で行われ、「墓じし」とも「位牌ぼめ」とも言われる鎮魂の舞が行われる。そこにシシの荒々しさはなく、故人を偲ぶような苦悶の動きをするシシが印象的だ。他にも「新精霊(みそうろう)」という風習を行う地区では、故人の家と墓前を男たちがめぐり、火を焚きながら切ない音色にのせて鎮魂の歌を歌う。新精霊は故人の年齢や性別によっても歌詞が変わり、例えば若い年齢で亡くなった場合、「つぼみが開かぬうちに散ってしまった花」という表現が用いられる。お盆の最後、送り盆では「舟っこ流し」という灯篭流しが行われ、火を灯す舟とともに魂はあの世へとまた戻っていく。
お盆の風習をはじめとした、こうした供養の儀式は死者に向けたものであると同時に、残された人々のための行事でもあるという。一年に一度、夏にやってくる死や悲しみと向き合う節目があることで、心は落ち着き、また生きていく力を授かる。寒さ厳しく、死が身近だった遠野で、こうした様々な供養・鎮魂の行事が今も残っているのは偶然ではないだろう。この地で魂のゆくえに思いを馳せることは、これから自分たちがどのように生きていくべきかを見つめ直すことにつながるのかもしれない。
文:富川岳、塚田有那
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1供養絵額
江戸時代後期から明治まで遠野中心に見られた供養の文化。故人を弔うために、あの世で幸せに暮らす姿を絵師に依頼して描いてもらい寺に奉納した。幼くして亡くなったり出産時に亡くなる女性もいたりした時代。絵には圧倒的に女性が多い。
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2迎灯篭木
遠野に伝わるお盆の風習。ムカイトロゲ。初盆から3年間、毎年8月7日から8月末までご先祖が家に戻ってくるための目印として家の前に建てられる灯篭木。
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3墓じし
お盆に行われる、しし踊りによる供養の舞。位牌ぼめともいう。故人を偲ぶ哀愁漂う動きと、静かな太鼓、笛、歌が夏の空に響く。
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4新精霊
ミソウロウ。遠野市小友町の長野地区に伝わるお盆の風習。集落内で初盆を迎える家がある場合、家とお墓を念仏を唱えながらまわる行事。故人の性別や年齢によって歌詞を変えて歌う。
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1善明寺
遠野の街中にあるお寺。供養絵額が多く奉納されており、本堂に今も飾られている。菓子屋や薬屋など商人の家から奉納されたものが多く、絵の中に様々な生業の様子や当時の暮らしぶり、また、あの世での理想の暮らしが見て取れる。
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2舟っこ流し
お盆に迎えた先祖や故人の霊を送り、無病息災を願う、送り盆の行事。附馬牛町の徳昌寺では、位牌を乗せた大きな舟に火をつけ、灯篭とともに川に流している。






