縄文時代など狩猟採集の頃は豊かな土地だったといわれる東北だが、稲作が主流となってからは厳しい寒さや平野部の狭さが不利となって、食糧を確保することは簡単ではなかった。ある人は、ここは「生き抜く」土地だとも言った。
遠野には山にも川にも家の中にも神様がいる。この地の人々にとって身近に神様がいることは必然であり、生活の中には常に祈りがあった。獣獲る冬、田植えする春、先祖還る夏、稲実る秋。一年を通して、食べる、死ぬ、弔う、はたらく時に人々は祈った。科学の技術もなかった時代、人智を越える自然を相手に暮らす人々にとっては、先人から継承した知恵に加えて、「祈る」ことが重要なテクノロジーの一つだったに違いない。
仏教も神道も遠野には古くから存在し重要な基盤となっているが、一方で、長い年月を経て民の間で継承・習合されてきた民間信仰を紐解いていくと、人々の心の拠り所、独自の精神世界を垣間見ることができる。
●山への祈り(山の神):四方を山に囲まれた小盆地・遠野では、山は、人智を越えた大きな存在である。亡くなった魂が還る場所であり、霊力をもつ神聖な場所。また、獣の肉や山菜など恵をもたらす一方で、狼や熊など危険な獣たちが住む場所でもあり、人の命を簡単に奪う場所でもある。そんな山には「山の神」がいて、ある時は女性の姿をして女人が山へ入ることを拒み、ある時は赤い顔をして斧を持つ険しい男性の姿だと考えられた。人々が山に対して様々な印象を抱いていたように、山の神もまた様々な姿をして人々の前に現れた。遠野を歩けば、至る所に「山神」と書かれた石塔を見ることができる。
●食への祈り(五穀豊穣):実り多き年になるかどうかは、田を耕す人々にとって最も関心のあることだった。小正月行事では餅やくるみを使ってその年の豊作を占ったり、田植えを模倣して松の木を雪積もる大地に植えたりして豊作を願った。また、田植えが済んだ田んぼを確認して回る「田の神(山の神が田植えの頃に里に降りて変化したものともいわれる)」を信じ、田の神が乗って帰るための「馬っこ(藁で作られた馬)」なども用意した。実りを司どる神様のために、帰りにタクシーをチャーターしておく。
●弔いの祈り(供養):亡くなった魂はすぐ近くの山で人々を見守り、毎年、夏のお盆にこの世へと戻ってくる。その数日間、人々は先祖や死者とともに過ごす。家の前には「迎灯篭木(ムカイトロゲ)」という高い灯篭木を置き、魂が帰ってくる目印とする。墓前では「墓じし」という弔いのしし踊りを踊り、魂をあの世へと戻す送り盆では、火をつけた舟を川へと流す。毎年繰り返される、死者への供養。これは鎮魂であると同時に、いずれ自らが亡くなった後も、同様な形で供養されることを示す。悲しみと安心感。それが弔いの祈りである。
●生業の祈り:遠野には「オシラサマ」という神様がいる。500年以上前のものも現存し、その姿は木の棒に布が覆いかぶされた姿をしている。養蚕の神、目の病を治す神、そしてイタコが呪具として使うなど、お知らせを告げる神様と言われる。かつて猟師も、獲物がいる方向をオシラサマに聞いた。『遠野物語』ではオシラサマの成り立ちとして、馬と娘の悲恋の物語が掲載されているが、その特性や背景は非常に複雑である。ただ、こうした複雑さが「民間信仰」の特徴とも言え、遠野で生きた人々が様々なことに悩み、その都度身近な神様に祈りを捧げた結果なのではないだろうか。
文:富川岳
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1山の神
山に住み、山を守る神様。遠野では遠野三山の女神の神話が有名だが、狩猟や林業、製鉄など山に入り生業をする人々に特に篤く信仰された。昔から12月12日は山の神の日とされ、山仕事をする者もこの日は山には入らない。一度に12人の子どもを出産するとも言われる多産の神。
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2オシラサマ
東北一体に分布し、遠野では500年以上前から信仰されている民間信仰の神様。馬の頭と女性の顔を模したものや、男神と女神と思われる造形をしたものなどがあり、養蚕、目、“お知らせ”の神さまとも言われている。普段は箱にしまわれていて、年に一度行われる小正月行事「オシラ遊び」で、新たな布を被せられる。遠野では「オシラサマ」は家の神さまとされることが多く、現在も市内の63軒の家で存在が確認されている(遠野市立博物館が2000年に実施した旧宮守村を除く旧遠野市域での調査結果)。『遠野物語』には馬と娘の悲恋の物語として登場。
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3馬っこつなぎ
北上山地周辺の農村に伝わる、豊作を祈願する行事。藁で作った馬(藁馬)を田んぼの水口、井戸、道の分かれ等に供え、「馬の積んでも積みきれない程の穀物がたまりますように」「水の過不足がないように」と願う。お供えした藁馬に田の神様が乗り、作柄を見て回るといわれている。
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4迎灯篭木
遠野に伝わるお盆の風習。ムカイトロゲ。初盆から3年間、毎年8月7日から8月末までご先祖が家に戻ってくるための目印として家の前に建てられる灯篭木。
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1遠野郷八幡宮
文治5年(1189)に奥州藤原氏追討に功あり、遠野郷を賜った阿曽沼氏が創建したと伝わる古社。9月の遠野まつりでは、一周450mの広大な馬場を会場に、1335年創始と伝わる遠野南部流鏑馬を始め、神楽やしし踊り、南部ばやし、さんさ踊りなど、約40団体もの郷土芸能団体が一堂に会して披露される。近年猫神社が創建され、日本各地から猫好きの方の参拝が絶えない。
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2五百羅漢
数百体の仏様が岩に掘られた祈りの空間。1750年代に起きた大飢饉のあと、無縁仏の供養のためにひとりの和尚が掘ったとされる。遠野で生きる厳しさを学ぶとともに、ランドスケープの美しさも感じられる場所。愛宕神社の前から、林道を歩いていくのが良い。
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3伝承園
カッパ淵の近くにある文化観光施設。国の重要文化財指定の南部曲り家や『遠野物語』の話者「佐々木喜善」の記念館の他、座敷わらしやオシラサマに関する展示や物語が生まれた当時の暮らしぶりを紹介している。
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4遠野市立博物館
日本ではじめて民俗学に特化した博物館。『遠野物語』をはじめ、信仰や暮らし、狩猟や修験などについても知ることができる。







